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追憶

追憶

「初恋の記憶 3」

 クラスの応援合戦の練習も順調に進み、島の団長も何とか格好になってきたようだった。水沼や岩井だけでなく、氏家なども、ガラに似合わず、島によく協力してクラスをまとめてくれた。島が、ツヨッさんが脇にいるだけで、貫禄がちがう、と頼りにするので、余計に乗り気で、声を出しているのである。女子たちはポンポンや鉢巻、タスキを作った。
上浦は毎日応援の練習の度に、島の鉢巻を結んだり、タスキを締めたり、ガクランを着せたりで、団長秘書のようであったが、脇を固める水沼と氏家も学生服に鉢巻やタスキをすることになったので、そちらのほうも世話したりで、忙しく動き回っていた。
もちろん宮本も手伝いながらではあるが、明らかに上浦がリーダーシップをとっていた。島は自分と同じように、他の男子に対しても当たり前のように世話している彼女の様子が、実にさわやかに感じた。彼女は元から世話好きで誰に対しても親切な性質だと思った。このところ練習を終えて帰路についた後も、彼女の様子が妙に、印象に残っているような気がした。

島はある日の騎馬戦の練習で、上に乗っていて崩されたときに手から落ちて、かなりすりむいてしまったが、先生が少し薬を塗ってバンソウコウを貼ってくれるぐらいだった。
 帰りに、水沼といっしょになると、水沼が怪我のことを心配して気づかったが、島は大丈夫だと応えた。
「大胆に逆さまに落ちたから、びっくりしたよ。」 
「ははっ、僕もだよ」 
島は照れ笑いした。
「上浦が心配してたよ、部活行く前に会ったとき」
「また、冷やかしとるわ。」 
島はわざと気のない応対をした。
水沼は、いや本当だと強調して、上浦は島に気が有るのがはっきりした。というようなことを言った。
上浦は、頭を打っていないかとか、さかんに心配していた、というのだ。

そのことが、引き金になったのかもしれない。島はその夜、夢を見た。その中にはっきりと上浦が出てきた。
怪我をしている自分を看病してくれていて、愛くるしい笑顔で、かわいい声で励ましてくれていた。
捻挫している足を、リハビリするとき、肩を貸しながら、歩いてくれていた。
目覚めたとき、それがどこかで現実にあったことのように錯覚するほど鮮明だった。
島は、入学の時のクラス写真を出して、上浦を見ながら、自分が上浦に恋しているのは決定的だ、と思った。
 次の日の朝、教室に入ると、上浦がさっそく怪我のことを聞いてきた。
島は、大丈夫、と答えながら、彼女のやさしさを感じずにはいられない。
その日は上浦ばかりを見ていた。水曜日なので学校が終わってから塾があった。
 島は数学、英語の塾に通っていた。母が、美杉の本庄地区にある評判のよい塾に小学校卒業と同時に入れたのだった。たぶん、親友の水沼洋平の兄がその塾に通っていて、島の母が水沼の母と相談して、いっしょに通わせようということになったらしい。
 上浦と初めて会ったのも、この塾だった。小学校を卒業した春休みの間に、水沼と初めてその塾に行くと、塾の近所だ、という女の子がひとり既に来ていて、3人だけで先生が授業をしてくれた。その女の子が上浦だった。今から思えば、当初から上浦は小柄で愛くるしい、活発な感じが印象的だったような記憶がある。 中間テストの前になって宮本も塾に来るようになり4人になったのだった。
 塾では英語と数学を1時間ずつ、2時間の授業を、週二回やってくれる。中学一年のクラスは日曜日の午後と、水曜日夕食後に集まれる7時から9時の週二回だった。水曜日のほうは、中学生が一人で通える時間帯ではないため、それぞれ親に送り迎えしてもらう。島の家には車がないため、3キロは離れている本庄の塾まで水沼の父にいっしょに送り迎えをしてもらっていた。日曜日は自転車で水沼といっしょに通った。
 いつもは、塾に着き島が先になって入ると、上浦がもう来ていて、その隣に島、水沼の順に座ることが多い。塾は一室に10人ほどが囲んで座れるほどのテーブルを置いてあった。 畳部屋で中央を抜いて足を降ろせるようにしていた。
 一学期、塾でいっしょだったのは、島と水沼の他には、この上浦と宮本の2人だけだった。最近、二学期になって、男女1人づつ増えて6人になった。上浦は塾の近所であるので、先に来ていることが多い。
 その日、島が水沼と塾に入ると、いつもなら上浦や宮本のほうが早いのだが、その日はまだだれも来ていなかった。
水沼が
「よし、カズが上浦と隣になれるように、僕がこっちに座ろう。」
と、いつもと逆に座った。
しばらくして上浦と宮本が来た。宮本が先に入ってきて、島の隣に座ろうとしたところで、水沼が宮本に合図をした。 宮本は気がついたように、うなづきながら、上浦を前に押しやって、島の隣に座らせた。
水沼も宮本も、まだ自分が本気で上浦に恋していることなど知らずに冷やかしているのだ。と島は思った。
「あの、お二人さん。 何をたくらんでいますか?」 
上浦は島の隣に、普段と変わりなく座りながら、笑いながら宮本をたたくまねをした。
それから、島のとなりに座ると、島の手のキズのところを見ながら、
「卓球だいじょうぶだった?」
と聞いた。
「ちょっとまだラケット持つと痛いけど、大丈夫」
その日は学校ではあまり上浦と話ができなかっただけに、彼女が隣に来て、しかも自分のことを気づかってくれていることには、喜びを感じた。
上浦はさっそく数学のノートを開きながら、前回出された問題の解らない部分を尋ねた。島がノートを見せながら説明すると、彼女は感心したようにうなずきながら、次の問題を、
「これはこうでしょ?」 
と島に尋ねた。 
島は「そうそう」とうなずきながら、上浦が自分を頼っていることに喜びを感じた。 
先生が出てきて数学が始まっても、隣の上浦のことが気になって、なんとなく先生の説明や問題にいつもより集中できてない自分に気づいていた。 
彼女は昨日までと同じだと思った。
よく笑い、わからなければ島に聞いてきた。島がぼんやりしていると、彼女は、次の問題を指差して教えてくれたりもした。 それも普段と変らないはずだが、島自身のほうが意識過剰になっていて、いつもとは違う彼女の好意を感じずにはいられなかった。塾の教室から出るとき、島が最後になったので、前に出た上浦が、島が出るまでドアを持ってくれている。 
「ありがと」 
と言うと、にこりとしながら、
「バイバイ」
という。もうすでに彼女の母が迎えに来ていたので、そちらのほうに歩いていった。 
島と水沼はいつものように上浦の母に軽くおじぎをして、こちらも迎えにきている水沼の父の車のほうに向かった。
 彼女はだれにも親切だし、悪戯っぽい無邪気さを発揮している。しかし、たぶん自分には他の人とは違う好意を持ってくれているはずだ。と思いたかった。事実、今日の彼女の様子を思い出すと、自分のことはやはり特別気にかけてくれているように思えた。
そして、彼女のしぐさや声をひとつひとつ思い浮かべながら、ほんとうにこれはもう、恋だと思った。今までいっしょだったにも関わらず、すぐにでもまた彼女に会いたいほどだった。
そのことを水沼に話そうかと思った。しかし、今はその勇気はなかった。

 体育祭は2日後の日曜日に迫っていたが、文化祭で弁論大会をすることになり、島がクラスの代表に決まってしまった。
1年から3年まで各クラス2人ずつ当日に弁論をするクラス代表を決めるため、クラス内で5人くらいがスピーチの内容を先生に提出していたが、その中から島が選ばれたのだ。もう一人は岩井であった。
しかしそんな中でも島自身は普段の休憩時間はいたって無邪気であり、周りの男子たちと、クイズ遊びをしたり、友達をからかってふざけたりしながら過ごしていた。ただその日は、そうしながらも、上浦の様子が気になっていた。授業中も上浦のほうを見ることが多くなった。 上浦のほうも、なんとなく島の視線を感じるのか、島のほうを向き、二人は度々目が合った。
 これではいけない、もっと集中しなければ。そう思っても、自然と彼女のほうに目がいくのである。
 それでも上浦は相変わらず無邪気だった。昼の休憩に、島が男子達と遊んでいるところに宮本といっしょに来て、話に加わりながら、推理クイズを出したりする。 直ぐに答えられてしまうと、「もう、すぐ解かないでよ」などと非難して、再度、問題を出したが、また直ぐに解かれ、
「はは、上浦は、まだまだ、ちょろいね」 
とクラスでクイズに凝っている川辺という男子がいうのである。川辺は府中小出身で、島ともかなり親しい間がらだった。 島は、川辺があまりにも彼女を軽くあしらったのを見て、ちょっと場が白けたような気まずさを感じたが、彼女は懸命に、
「う~ん、甘かったか」 と言って、
 「いいよ、今度はカズオ君と考えてくるから、覚悟しといてよね。 いい?カズオ君」
島は、彼女の言葉で場が持ち直して安堵すると同時に、彼女が自分を頼りにしていることに喜びを感じた。いや、もしかしたら、その場をとりつくろうために、自分に頼ろうとしたのかもしれないと思った。
 「なんでカズなんだ?」 と川辺は島のほうを見たが、
 「いいよ、面白いやつを考えようか、ウシ(川辺のニックネーム)が知らないやつを」 とすかさず島は彼女を援護した。
 「カズもたいしたことないけどな。まあ、まっとるぞ。 」 
その後、水沼が川辺に耳打ちして島と上浦のことを教えたので、川辺も二人を冷やかしはじめた。
島は、さきほどからの川辺の彼女に対する存外な態度が気になっていたが、上浦を見ると、あまり気にとめてないという様子で、屈託なく笑っている。少し救われたような気がした。そういう雰囲気づくりや気遣いが自然とできる子なのだ、とあらためて彼女のよさがわかった気がした。
 その日も午後から体育祭の練習があったが、彼女といっしょになることはなかった。ただ放課後の総仕上げとしてのクラスの応援合戦の練習では、彼女はいつもどおり、ガクランや鉢巻やタスキなど島の世話をした。体育祭が終わると、こういうこともなくなる。そして今日が最後の練習だと思うと、今、彼女とこうしていられるのが貴重な時間のように思えた。

次の日曜日、体育祭は晴天のうちに順調に行われた。家族のものもみな来た。100m走やや障害物競走や、綱引きや、騎馬戦など順調に進み、昼食の後、応援合戦である。 島たち男子がガクランや学生服を来て出て行くと、上浦たちC組の応援団の女子は、既にテニス部員に借りたユニフォームの短い白いスカートに、上は自分たちで準備した「1C」という文字を縫い付けた赤い袖なしのシャツに着替えて出てきていて、C組の女子たちといっしょにいた。「かわいい」と持てはやされながら、しばらくはしゃいでしたが、島たちを見ると、集まってきた。
彼女は男子たちのところに来ると、すこし照れたように、
「鉢巻とタスキ、ここにあるから」 
と、もって来た男子のぶんを順番に水沼や氏家に渡して、最後に団長用の特別太くて長いぶんを島に手渡した。
そして、いつものように島が着けるのを手伝い始めた。
「いや~仲いいね、いつもお二人さん」 と氏家が言ったが、上浦は反論はせずに、にこりとして島と目を合わせた。 そのしぐさもかわいいが、上浦のその応援服の姿がいつもにもましてかわいいと思った。そして、皆が見ている運動場でも、躊躇なく自分のそばに来て鉢巻とタスキを着けてくれる、その大胆さがいい。 
上浦に何か言いたかったが、意識して何を言おうか戸惑っていると、島がいつになく無口なのに気づいたのか、
「緊張してる? がんばってよ、団長!」
と、上浦はタスキを締め終わると同時に、島の背中をドンと叩きながら言った。
普段どおりのしぐさでいくぶん救われたような気がした。
「ありがとう。 緊張はしてないと思うけど、 とにかく頑張ろう」
「よし。できた。行けえ、島団長!」 鉢巻も締めたところで、彼女は元気な声を出した。ちょっと離れて、他の女子たちといっしょに島を眺めて、服装全体を確かめた。 宮本が上浦の側から 
「よし、完璧、完璧。 さすがウラ。 愛情がこもっとる」 
と明るくひやかすと、上浦は宮本をかるくたたいた。 
「や~、かわいい、和男くん」
などと、別のクラスの女子たちもそばで島に声をかける。
実際に、小柄できゃしゃな体に不釣り合いな大きいガクランと下駄と長い鉢巻やタスキをした姿が、どことなくこっけいで悪戯っぽく、まだまだ幼さの抜けない童顔で、無邪気な笑顔が可愛く見えた。 島は、冷やかしにきているらしき女子におおきい下駄を上げて、蹴るまねをすると、とたんに下駄が脱げて転びそうになっていた。それで皆笑った。 
そのしぐさがまたこっけいで悪気なく、人気のある所以かもしれない。 
上浦もその様子をゆかいそうに目で追った。

 1年A組から順に応援合戦が始まった。A組、B組とも団長は体育会系のどっしりした者で、力強い応援をやったが、例年の型がほとんどのオーソドックスなもので、面白みにかけたようだった。そのぶんC組になると、ユニフォームも華やかだったが、相撲の四股踏みをやったり、女子のウエーブや、ポンポン投げなどをやって、新鮮味があったようである。
島の掛け声も、意外と響いていた。 水沼や氏家がうまくサポートし、みな間違えずにうまくいったようだった。
終わると氏家が一番に島のところに来て
「カズ、お疲れさん。 最高、最高」 と興奮したように言った。
全組終わってからの採点では1年ではC組が1位と判定された。判定が出た瞬間、皆、歓声をあげ、手をたたきあった。島がみんなに、
「ありがとう、今まで準備や練習、みなさんよくやってくれたお陰です。」 と挨拶してから、
 「エイ、エイ オー!」 とみんなで勝どきをあげた。 上浦も宮本も他の者も、それにつられて歓声をあげながら、島というまとめ役があったからこそだと改めて感じていた。

 応援合戦の後は、直ぐにダンスである。応援合戦に出場した者はその服装のまま並んだ。 ただ、島はさすがに下駄だけは履き替えたていたが。 練習のときと同じように最初は上浦がペアだった。まだ先ほどの応援合戦のときの興奮が覚めやらぬ感じで、周りのものも、「よかった」とはしゃぎながら、「その格好、きまっとったな」とか、 「意外と貫禄あったな」とか島に声をかける。 ほんとうは、その滑稽さ、決まらなさがウケて、点数をかせいだのを皆承知しているはずだが。それでも島をほめているのだ。
となりの上浦には「ウラ、かわいかったよ」と、女子たちがはやしたてていた。
 ダンスの入場行進が始まる前になってやっと島は上浦とペアで二人になれた。 
「お疲れさま。団長!」 
と上浦が応援合戦後、やっと話せたというように、手を差し出しながら話しかけた。 
島は小さく「イエーイ」と言いながら、その手に両手のひらを合わせて軽くたたいた。 彼女もたたき返して来た。
それから手をつないで行進が始まった。行進しながら、
「さすがだね」 と彼女は小さく言った。 
「何が?」 
島は意に解せないようだった。彼女はその様子を見てとなりで微笑んでいた。
「ウラちゃんのおかげだよ。」 
島は本気でそう思っていた。事実、彼女のアイデアがかなり効いている。
「でしょ。 その格好、最高だもん。 私、後で写真もらったげるから。」 
と、悪戯っぽく笑っている。
「ははっ! 」 
島は上浦がからかっていると思って、つないでいる手を強く握り、引っぱった。
「いてっ、ちがうって、本当だって」
 島は、そう言われて喜びを感じた。 
彼女ももしかしたら自分に好意を持っているのかもしれないと思えた。応援服のままの彼女の姿が、あらためてかわいいと思った。このままでいたいという願いも空しく、ダンスが始まると、すぐにペアが移って行き、どんどん離れていく。 他の女子は島とペアになると、その団長姿を見てにこりとしながら、「似合ってる」とかそういうおだてるような言葉をかけてくる。 本気なのか冗談なのか島は判断しかねたが、それよりも、上浦が今だれとどのへんで踊っているかが、妙に気になっていた。
最後にクラス対抗のリレーが行われた。C組は惜しくも2位であり、総合順位でも1年3クラス中2位に留まった。
体育祭はこうして成功裏のうちに終わった。

 つぎの日は振り替え休日だった。 学校も塾もなく、上浦に一日会えないのが、今の島には寂しく感じられた。体育祭が終わってしまった空しさというのもあったかもしれない。1学期に姫路城に遠足にいったときのクラス写真を出してみた。上浦が写っていたからだ。 それから、入学してしばらくした頃、クラスでひとりひとりに寄せ書きをしたことを思い出した。自分もみんなからの寄せ書きをもらっていた。それを引っ張り出した。無記名だったが、書いている順番と筆跡で、上浦が書いてくれたのがどれかがわかった。彼女は「笑い方がかわいい」 とだけ書いていた。きれいな字だった。
彼女は自分のことをこのころから好意を持って見ていてくれたのかもしれない。 そうとも思えた。 
島は、自分が上浦に対してどう書いたか、思い出せなかった。そのころはまだほとんど彼女のことを特別に意識していなかったのだ。
上浦に想いを告白しようか。 するとしたら、どうやって? 
もし、彼女も自分が好きだったとしても、今のままの関係で十分だし、告白するとかえって意識して気まずくなる。
彼女が自分のことを特別好きでもなかった場合は、余計に意識して気まずくなる。
告白して得なことはないように思えた。しかし、この気持ちを何とか伝えたい。伝えずにはいられない。
 しばらく、写真と寄せ書きを眺めながら、自分の部屋でそういうことを考えていると2歳年下の弟が来る気配がしたので、島はあわてて写真と、寄せ書きを片付けた。 近いうちに水沼にまず相談してみよう。 島はそう決意して、文化祭の弁論大会の練習にかかった。


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